はじめに:雪に叩き込まれた少年が、スノボにのめり込むまで
両親がスキー好きでね。物心ついた頃には、長靴に結びつけるプラスチックのスキー板を履かされて、近所の山でカニ歩きとボーゲンを叩き込まれてた。冬になると家族でスキーに行くのが恒例でした。中でも安比高原のペンションに連泊した時は、あの澄んだ空気とストーブの匂いは今でも鮮明に思い出せる。生粋のスキーヤーとして育った僕がスノーボードを始めたのは、意外にも大人になってからだった。
スキーでエッジの感覚は分かってたつもりだから、最初からそこそこ滑れたんだ。でも、調子に乗った矢先に食らう「逆エッジ」の洗礼は強烈だったな。後頭部を強打して、しばらく雪の上で星を眺めてた。全身アザだらけになりながら、それでも仲間と笑い合ったあの冬の夜。気づけば、僕の手にはストックはなく、一枚の板だけになっていた。そう、僕らは完全に雪山の虜だったんだ。

圏外は当たり前?スマホ以前のゲレンデ連絡網
今じゃ考えられないけど、あの頃のゲレンデは「電波がある」こと自体がセールスポイントだった。雑誌のゲレンデガイドを開けば、「DoCoMo」「au」「SoftBank」と並んで、誇らしげに「WILLCOM」のアイコンが輝いている。懐かしい!PHSが僕らの命綱だったんだ。

山頂で仲間とはぐれたら、もう大変。電波を探してウロウロしたり、結局レストハウスの掲示板に「12時にカレー前に集合!」なんて手書きのメモを残したり。今みたいにLINEで位置情報を共有なんて夢のまた夢。でも、その不便さが、逆に仲間との絆を強くしていたのかもしれない。約束の時間を守るために必死だったし、再会できた時の喜びは格別だった。
若者のエネルギー爆発!雪マジと狂気の48時間営業
僕らの世代にとって、「雪マジ!19」の登場は黒船来航レベルの衝撃だった。
僕自身は「雪マジ世代」からは少しだけズレている。でも、年下の友人たちが「19歳はリフト券がタダだったんすよ!」と目を輝かせて話していたのをよく覚えている。
「19歳はリフト券タダ!?」…この魔法の言葉に、どれだけの若者が雪山に吸い寄せられたことか。お金はないけど時間と体力だけは有り余っていた彼らは、この恩恵を骨の髄までしゃぶり尽くした。
そして、その熱狂に応えるかのように存在したのが「48時間連続営業」だ。金曜の夜に仕事を終え、ボロボロの車に仲間と板を詰め込んで、夜通し走ってゲレンデへ。土曜の朝から滑り始め、夜はナイター、疲れたら仮眠室で雑魚寝して、また朝から滑る。文字通り、ゲレンデに「住んで」いたんだ。
宿なんてまともに取れないから、1泊6,500円の「BLACK BOX」ツアーもよく利用したな。「どの宿に泊まるか当日までわからない」っていうスリル満点のやつだ。大抵はカメムシが出るような古い民宿だったけど、それすらも最高の思い出だった。
スキーヤー vs ボーダー、それぞれの聖域
今でこそ共存しているけど、当時はスキーヤーとスノーボーダーの間には、目に見えない壁があったように思う。滑り方の違いから、コースの真ん中に座り込むボーダーにスキーヤーが文句を言ったり、その逆もあったり。そんな時代だったからこそ、「スキーヤー専用ゲレンデ」は特別な存在感を放っていた。
「かたしな高原」や「NASPAスキーガーデン」は、スキーヤーにとっての聖地。スノーボーダー立ち入り禁止という硬派なスタイルが、逆にブランド価値を高めていたんだ。僕もスノボに転向してからは行けなくなったけど、あの凛とした空気は少し羨ましくもあったな。
ダボダボが正義!あの頃のウェアと憧れのブランド
今のゲレンデファッションは、アースカラーでシュッとしたシルエットのアウトドアブランドが主流だよね。でも僕らの時代は違った。とにかく派手で、ダボダボなのがカッコよかったんだ。
雑誌には「MTN,ROCK STAR」みたいなドメスティックブランドの尖ったデザインが並び、一方でスキーヤーの間では「MONCLER」が憧れの的だった。今や街で着る高級ダウンの代名詞だけど、当時は本気でスキーをするためのギアとして、雑誌で特集されていたんだから、時代の流れを感じるよな。
あの頃の熱狂をもう一度、手元に。
銀世界を駆け抜けた思い出は、色褪せない。
懐かしのアイテムをチェックして、青春の1ページをめくってみませんか?
まとめ:不便だったけど、最高に自由だったあの冬
スマホで簡単に動画が撮れて、リフト券はICチップでスマートに。今のゲレンデは信じられないくらい快適になった。日帰りのバスツアーも安くて便利で、僕もよく利用している。でも、時々ふと思い出すんだ。電波も届かない山奥で、仲間と顔を突き合わせて次のコースを相談した時間や、たった数千円を握りしめて参加したミステリーツアーの夜を。
不便で、無謀で、ちょっとだけダサかったかもしれない。だけど、あの頃の僕らには有り余るほどの情熱と自由があった。もしあなたが「雪マジ世代」なら、きっと分かってくれるはずだ。僕らの青春は、間違いなくあの白い雪の上に刻まれている。




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