はじめに:子供の頃、僕らはなぜ「薬味」が嫌いだったのか
田舎で過ごした子供時代、食卓に並ぶ「薬味」の存在がどうしても許せなかった。
わさびやカラシはただ辛いだけで、ネギは口に残る。みょうがにいたっては「なんだこの変な味は!」と、大人が美味しそうに食べる姿が不思議で仕方がなかった。
しかし、大人になって、あの頃の田舎を離れた今。どういうわけか、わさびもカラシも「辛くないと物足りない」と感じるし、ネギは山盛りにしたい。みょうがのあの独特な風味こそが愛おしい。退化したのか、それとも大人の階段を登ったのか。今や、冷奴や蕎麦、鰻は「薬味を食べるために本体がある」とすら思っている。
今回は、そんな僕らの味覚の成長と、90年代〜00年代の雑誌に描かれていた「薬味の熱狂」を振り返ってみたい。

1998年、雑誌が教えてくれた「大人の夜食」と薬味の刺激
あの頃、深夜にこっそりめくった雑誌の読者投稿コーナーには、深夜の胃袋を刺激する豪快なレシピが溢れていた。
例えば、炊飯器に米、しょうゆ、塩さんまを入れて炊き、さらに鶏もも肉を加えるという「サンマの炊き込みご飯」。この豪快な一品の仕上げとして推奨されていたのが、「ねぎ・せん切り、香菜(パクチー)・ザク切り、豆板ジャン等の薬味」だった。
ただでさえ旨い炊き込みご飯に、あえてクセのある薬味や豆板醤を合わせる。当時の僕らにはまだ早すぎる「刺激的な大人の味」が、そこには確かに存在していた。
また、余り物のチャーハンの仕上げに「ネギや大葉(これは薬味だけど)を散らして出来上がり!」という手軽なテクニックも紹介されていた。大葉の爽やかな香りが、脂っこいチャーハンを一気に本格的な一皿に変える。当時の雑誌は、そんな「最後のひと手間としての薬味」の魔力を、熱っぽく語っていたのだ。

湯豆腐と薬味の出会いが、世界の食卓を変えた?
1998年の『週刊ポスト』を開くと、日本の食文化における薬味の極限のシンプルさが紹介されている。
「土鍋に昆布を敷いて湯をはり、豆腐を温めつつ附け醤油(醤油七に酒三ぐらいがいい)と好みの薬味で食べる。簡単で実にうまい。」
この、究極にシンプルな湯豆腐と薬味の組み合わせ。実はこれこそが、あの「味の素」の誕生、つまり「うま味(グルタミン酸ナトリウム)」の発見へと繋がる歴史的なドラマの引き金だったという。池田菊苗博士が「なぜこんな簡単なものが、これほど美味いのか?」と疑問を抱いたことから始まった研究が、世界の食文化を変えた。
僕らが居酒屋で何気なく頼む湯豆腐と薬味のセットには、そんな壮大なロマンが隠されていたのだ。

人気料理番組で大活躍した「夏の薬味たっぷりレシピ」
当時のテレビ情報誌をめくれば、夏を乗り切るための薬味特集が毎年のように組まれていた。
そうめんのマンネリを打破するアイデアとして紹介されていたのが、「ツナフレークに梅肉、しょうゆ、みりん、おろしショウガ、青シソのせん切り、すり白ゴマを混ぜる」という、まさに薬味のオールスター戦のような特製ダレだ。これをそうめんにのせ、キュウリのせん切りとともに、めんつゆに溶かしながら食べる。想像しただけで、口の中に爽やかな酸味と香りが広がっていく。
また、当時絶大な人気を誇った料理家・ケンタロウ氏が『きょうの料理』で提案した「薬味たっぷりつけうどん」も、僕らの食欲を刺激してやまなかった。
あの頃、僕らが「大人の味」として憧れ、時には敬遠していた薬味たち。今ではそれなしの食生活なんて考えられない。深夜に雑誌をめくりながら「いつかこんな美味そうなものを、ビール片手に食べたい」と夢想したあの夜に、今の僕らは確かに立っている。
あの頃の熱狂をもう一度、手元に。
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まとめ:薬味の数だけ、僕らは大人になった
子供の頃は邪魔者でしかなかったネギや大葉、みょうが。それが今では、食卓の主役を張るほどの存在になっている。
それはきっと、僕らが日々の忙しさの中で「ささやかな贅沢」や「素材を引き立てる調和」の価値を知ったからかもしれない。
今夜は冷奴にこれでもかと薬味をのせて、あの頃の雑誌に思いを馳せながら、一杯やってみよう。
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