あの頃、僕らにとってL.A.は「宇宙で一番かっこいい場所」だった
1990年代から2000年代初頭。ネットもSNSもなかったあの頃、僕らのバイブルだったカルチャー雑誌のグラビアやテレビCMの向こう側には、いつも眩しすぎるほどの太陽と、青い空が広がっていました。そう、すべての若者にとっての聖地、ロサンゼルス(L.A.)です。
田舎の閉塞感の中で過ごしていた僕たちにとって、L.A.はまさに「いつか行きたい街No.1」そのものでした。いつかお金を貯めて、西海岸のビーチ沿いをでっかい犬を連れてのんびり散歩するんだ……そんな映画のような未来を夢見て、アメ横の並行輸入店で血眼になって探したスニーカーを履き潰していたあの頃。今回は、当時の雑誌やメディアから、日本のエンタメ界が最もL.A.に熱狂していた瞬間のアーカイブを紐解きます。

中山美穂が憧れた「普通の生活」と、accessが挑んだ映画並みの砂漠ロケ(1993年)
90年代の日本のトップスターたちは、こぞってL.A.へ渡り、本場の空気を吸いながら刺激的な創作活動に身を投じていました。
1993年、トップアイドルの中山美穂さんは、3ヶ月間仕事を休止してビバリーヒルズのコンドミニアムに滞在。「乾いた空気や街の雰囲気、人の感じがしっくり合った」と語り、自炊や洗濯、買い物といった「普通の生活」を謳歌しながら、本場のダンスや歌の学校へ通っていました。日本のレッスンとは違う「感情から入る」スタイルに、彼女自身が強い衝撃を受けていたことが当時のインタビューから伝わってきます。
また、同年に2ndアルバムの制作とビデオ収録で渡米したaccess(浅倉大介さん&貴水博之さん)のロケは、まさにバブルの余韻を残す超豪華仕様。なんとカメラや照明を含む現地スタッフはすべてハリウッドの一流メンバーを揃え、総勢50人という映画スケールで砂漠ロケが敢行されました。
多忙を極める合間、浅倉さんはディズニーランドを大満喫。一方の貴水さんは、メルローズアベニューで「黒豹の大きな置物」を買い、そのままホテルまで引きずって帰って周囲を仰天させたという、今思えば微笑ましすぎるエピソードも残されています。

マリブの風と狂気のレコーディング。小室哲哉(TK)が駆け抜けた1998年
90年代後半の音楽シーンを支配した小室哲哉さんにとって、L.A.は創作の戦場でした。1998年、華原朋美さんやglobe、鈴木あみさんらの制作が重なり、寝る時間すらなかった時代。マリブビーチのプライベートスタジオでの2週間に及ぶ合宿レコーディングが敢行されました。
ボーカル陣からは「L.A.で録音したものは、後で聴くと空気の感じが全然違う」と絶大な信頼を寄せられていましたが、その裏側は壮絶そのもの。小室さんの愛猫「コバルト」の目線で綴られた当時のレポートには、「globeのレコーディング最終日、TKは朝10時まで一人でスタジオに篭り、帰宅して2時間寝ただけでまたスタジオへトンボ帰りした」という、狂気すら感じる過密スケジュールが記録されています。あの名曲たちのクリアな高音は、極限状態のプレッシャーとL.A.の乾いた風から生まれていたのです。

ハリウッドスタッフを従えた伝説のテレビCMたち
テレビから流れる15秒、30秒のCMにも、とてつもない予算と情熱が注がれていました。その多くがL.A.を舞台に、現地の超一流スタッフを巻き込んで撮影されていたのです。
- 金城武 × ポカリスエット(1998年):監督から美術、編集まで全員がハリウッドの映画スタッフ。光の陰影がまるで映画のワンシーンのような重厚さを生み出しました。金城さんが缶をカラカラと振って一気に飲むワイルドな仕草は、彼自身のアドリブだったそうです。
- リチャード・ギア × 日本航空(1992年):L.A.のスタジオで音入れを行い、リチャード・ギア自身がボーカル、ギター、ピアノなど「1人5役」をこなす大奮闘。ほぼ一発撮りのセッションに、現地スタッフも大興奮でした。
- 宮沢りえ × カルビー(1992年):レオキャリロステートビーチにて、世界的写真家のハーブ・リッツ氏を起用。激しい温度差と戦いながら、日没ギリギリまでモノクロの美しいカットが追求されました。
- 津川雅彦 × パナソニック「画王」(1992年):現地の子どもたちを集めて行われた賑やかなダンス撮影。しかし「アメリカの厳しい児童労働規制(1日4時間まで)」の壁に阻まれ、時間との戦いとなった過酷なサバイバルロケでした。

脳汁が滾る!映画やストリートにみる「L.A.」の反則級カルチャー
当時の映画界やストリートファッションもまた、L.A.からの風に強く影響されていました。
最も痛快なのが、2001年の三池崇史監督による映画『THE HAZARD CITY』。冒頭に「埼玉県戸田市」とテロップが出るにもかかわらず、画面に映し出されるのはどう見ても広大なL.A.の砂漠とサボテン。理由は「国内でヘリコプター撮影の許可が下りなかったからL.A.で撮った」という、あまりにも大胆で力技な裏技でした。このスケール感こそが当時のエンタメの面白さでした。
ファッションシーンでは、1994年の映画『スピード』でキアヌ・リーブスが見せた極短のヘアスタイル「BUZZ CUT(バズカット)」がL.A.から上陸し、渋谷や代官山の長髪トレンドをまたたく間に塗り替えました。また、足元を飾ったアディダスの「LAトレーナー」や、1985年に誕生しマイケル・ジャクソンも愛用したブランド「LA GEAR」、さらには西海岸のソウルフード「インアンドアウトバーガー」のお土産Tシャツなど、並行輸入店が現地から買い付けてきた「リアルな西海岸のスペックもの」を、僕らは貪るように手に入れていたのです。
あの頃、僕らが見上げていた青空の先には、いつも憧れのロサンゼルスがありました。ブラウン管と雑誌のインクの匂いから感じたあの熱風を、今でも私たちは忘れることができません。
あの頃の熱狂をもう一度、手元に。
ブラウン管の向こうで輝いていたL.A.の空気感や、スターたちが駆け抜けたあの時代の音楽を、もう一度あなたの部屋に呼び戻してみませんか?
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