はじめに:あの夏、僕らはコートに釘付けだった
2007年の夏。まだスマホが今ほど普及していなくて、家族みんなで一台のテレビを囲むのが当たり前だった時代。翌年に控えた北京オリンピックへの期待感を胸に、日本中が女子バレーボールの熱狂に包まれていたのを、あなたも覚えているだろうか。
当時、僕も例に漏れず夢中だった。特にプリンセスメグこと栗原恵選手と、パワフルカナこと大山加奈選手の「メグ・カナ」コンビ。彼女たちの復活は、僕らの世代にとって一大事件だった。学校では、バレー部でもないのに「俺、竹下役やるわー」なんて言いながら、あの天才的なトスを真似て遊んだりもした。そう、あれは単なるスポーツ中継じゃなく、僕らの青春の一ページそのものだったのだ。

ブラウン管に帰ってきたWエース「メグ・カナ砲」
全ての始まりは、あのニュースだった。栗原恵、3年ぶりの全日本復帰。怪我からの復活、そして大山加奈との「メグ・カナ砲」再タッグ結成。当時の雑誌をめくると、「北京へ向けた戦い」という文字が熱気を帯びて目に飛び込んでくる。
ワールドグランプリは、ワールドカップや最終予選へと続くオリンピックへの道を占う重要な大会。ロシアやブラジルといった世界の強豪を相手に、復活した日本のWエースがどんな戦いを見せるのか。テレビの前の僕らは、固唾をのんでその瞬間を待っていた。

コートを支配した、最強の布陣
もちろん、当時の全日本女子はメグ・カナだけじゃない。そこには、個性と実力を兼ね備えたスター選手たちが輝いていた。
- 竹下佳江(セッター):身長159cmと小柄ながら、コート全体を把握する視野と正確無比なトスでゲームを組み立てる「世界最小・最強のセッター」。その姿に憧れた少年少女は数知れない。
- 高橋みゆき(ウイングスパイカー):攻守にわたってチームを支える「ニッポンの元気印」。どんな苦しい場面でも彼女がいれば大丈夫、と思わせてくれる絶対的な安心感があった。
この盤石の布陣にメグ・カナが加わる。期待しない方が無理な話だった。

なぜか歌う聖子ちゃんと藤井隆!?異色ユニットの応援歌
試合の興奮をさらに加速させたのが、今思うとかなり異色なコラボレーションだった。大会のスペシャルサポーターとして登場したのは、なんと「松田聖子×藤井隆」。二人が歌うイメージソング「真夏の夜の夢」は、作詞・作曲を松田聖子本人が手掛けたという力の入れよう。
「夢に向かってがんばる気持ちを込めた」という曲を、ユニホーム風の衣装で歌う二人。正直、最初は「なんでこの組み合わせ!?」と誰もが思ったはずだ。しかし、試合の合間に流れるキャッチーなメロディは、いつしか僕らの耳にこびりつき、あの夏のテーマソングになっていた。

コートの外ではお茶目な素顔?『フレンドパーク』で見た夢の時間
当時のスター選手は、コートの外でも僕らを魅了した。特に忘れられないのが、バラエティ番組『関口宏の東京フレンドパークⅡ』への出演だ。
柳本晶一監督、竹下、高橋、栗原選手が来園したこの回は、伝説として語り継がれている。前回出場時にグランドスラムを達成している女子バレーチームに対し、関口支配人が「初の連続グランドスラムを!」と期待をかける中、事件は起きた。
「ウォールクラッシュ」に挑戦することになった柳本監督。「けっこういきますよね!」と選手たちからプレッシャーをかけられ、意を決してジャンプ!しかし、その衝撃(?)の跳躍は、会場を爆笑の渦に巻き込んだ。強面の監督が見せたお茶目な一面と、それを見て大笑いする選手たち。厳しい勝負の世界とは違う、彼女たちの素顔に、僕らはさらに親近感を覚えたんだ。

あの頃の熱狂をもう一度、手元に。
ブラウン管越しに送った声援、友達と語り合った選手のすごさ、そして試合の合間に流れたあの曲。色褪せない記憶のピースを集めて、あの夏のタイムカプセルを開けてみませんか?
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まとめ
2007年の女子バレーボール・ワールドグランプリは、単なるスポーツイベントではなかった。それは、家族や友人とリビングに集い、一つの画面を食い入るように見つめ、一喜一憂を共にした、平成という時代の共有体験だったのかもしれない。
メグ・カナの復活に胸を躍らせ、竹下選手の神業に感嘆し、柳本監督のジャンプに腹を抱えて笑った。あの夏の記憶は、今も私たちの心の中で、確かな熱量を持って輝いている。あなたの心に残っている、思い出の選手は誰ですか?



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