「不倫も賛成です」19歳の葉月里緒菜が語った“魔性の恋愛観”がヤバすぎる…コンプラ時代の今、振り返る90年代の熱量

はじめに:ブラウン管の向こうにいた、あの“魔性”

田舎で過ごした僕の子供時代。インターネットなんてまだ夢物語で、世の中を知る窓口は分厚いブラウン管テレビと、月に一度のお楽しみだった雑誌だけでした。そんな画面の向こう側にいた芸能人の中でも、葉月里緒菜さんは、子供心になぜか目が離せない存在でした。ただ綺麗なだけじゃない、どこか危うくて、こちらを見透かすような強い瞳。そう、今思えばあれが彼女の持つ“魔性感”の入り口だったのかもしれません。

先日、書斎の奥から発掘した1995年の雑誌「ポポロ」をめくっていると、当時19歳の彼女が放った言葉の数々が、202x年の僕の目に突き刺さってきました。これは、コンプライアンスという言葉が息苦しいほどに叫ばれる現代にこそ、振り返るべき90年代の熱量の記録です。

19歳の衝撃告白「バツイチも不倫も賛成です」

記事の冒頭から、彼女の言葉はフルスロットルです。インタビュアーの問いに、彼女はこう答えています。

「私はバツイチの人との恋愛も、不倫も賛成です。よくある話ですよね。たまたま相手に奥さんがいたということで、お互いの気持ちは恋愛じゃないですか。それで、もし奥さんより恋人の方を好きになれば、奥さんと別れればいいし。そういう意味では、不倫も構わないと思いますよ」

19歳。まだ少女のあどけなさが残る年齢で、これほどまでにハッキリと、世間の倫理観とは真逆の持論を展開する。もし今、人気絶頂の19歳の女優がこんな発言をしたら、SNSはたちまち炎上し、謝罪会見に追い込まれるかもしれません。しかし、当時はこれが「彼女らしさ」として、危うい魅力と共に受け入れられていたのです。そこには、良くも悪くも、個性が尊重された時代の空気が流れていました。

「男と女が出会うときは“ノーメイクで裸”のはず」

彼女の恋愛観は、単なる奔放さではありません。その裏には、恐ろしいほどの純粋さと覚悟がありました。好きになるのは決まって「父親ぐらい年が離れているような」うんと年上の男性ばかりだったと語る彼女。その中でも、15歳の時に経験した30歳の商社マンとの恋は、彼女の哲学を形成する上で大きな出来事だったようです。

「彼には婚約者がいて・・・・・・。でも私は”婚約者がいても構わない。二番目でもいいから”って。(中略)何の障害があろうと『私が好きなんだから、いいじゃない”って突き進んじゃう。でも、私のその行動によって、婚約者は傷つくし、周りからは『悪いことだ”と言われました。でも、私は婚約者の倍傷つきました、結果的に」

自分が傷つくことも厭わず、ただ「好き」という感情の奔流に身を任せる。そして、相手に選んでもらうために、外見だけでなく「人間的な内面を一生懸命磨きました」と語ります。その覚悟は、彼女のこの一言に集約されているのではないでしょうか。

「だって、本当に男と女が出会うときは、『ノーメイクで裸”のはず。ルックスやプロポーションより、最終的には中身ですよね、絶対」

この言葉に、僕らはハッとさせられます。情報過多な現代で、スペックや条件、SNS映えといった「鎧」をまとって恋愛をしがちな私たちに、彼女は本質を突きつけてくるのです。

篠山紀信が捉えた「狂気」の正体

この記事では、撮影を担当した写真家・篠山紀信氏のコメントも掲載されています。彼は、葉月里緒菜という被写体をこう評しました。

「彼女が内に秘めた『狂気”みたいのが、意図せずににじみ出てる。途中、僕が『笑って』と言っても、彼女は笑えなくなっちゃった。(中略)喜怒哀楽が激しく、ストレートな彼女らしいよね」

そう、彼女の魅力の源泉は、この「狂気」とも言えるほどの感情の激しさと、それを隠さないストレートさにあったのでしょう。嘘がつけない不器用さ。だからこそ、彼女の言葉は生々しい熱を帯び、私たちの心を揺さぶるのです。

あの頃の熱狂をもう一度、手元に。

画面越しの情報だけじゃ物足りない。紙の匂い、インクの質感、ページをめくる音。あの時代のヒリヒリするような熱量を、今こそ五感で感じてみませんか?

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まとめ:90年代という時代の「危うい魅力」

葉月里緒菜さんの1995年のインタビューは、現代の価値観からすれば、あまりに過激で危ういものかもしれません。しかし、そこには間違いなく、自分に嘘をつかずに生きる人間の強烈なエネルギーがありました。

誰もが当たり障りのない言葉を選ぶようになった今、彼女のような存在が放っていた光と影は、90年代という時代が持っていた「寛容さ」と「熱量」の象徴だったのかもしれません。良い悪いでは割り切れない、そんな人間臭さに満ちた時代を、僕らは時々、無性に懐かしく思うのです。

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