あの頃、CDショップに神がいた。井上陽水奥田民生『ショッピング』と90年代J-POP黄金期の記憶

事件は1997年に起きた。

親父が運転するクルマでいつもかかっていた井上陽水と、自分の部屋でラジカセにかじりついて聴いていたユニコーン時代の奥田民生。僕にとって、この二人は決して交わることのない、それぞれの時代の「天才」だった。だから、1997年の春、二人が「井上陽水奥田民生」という、そのまんまの名前でユニットを組むと知った時の衝撃は忘れられない。

最近、押入れの奥から引っ張り出してきた97年3月発行の『Tokyo Walker』をめくっていたら、まさにその熱狂の渦中にいた彼らのインタビュー記事が出てきた。ページをめくる指が、あの頃の自分に戻っていくのを感じる。

「Puffyの作詞作曲者だから(笑)」

記事の冒頭から、二人の”らしさ”が全開だ。

「もしぼくがリスナーだとしたら、ちょっと聴いてみたい組み合わせですよね。(中略)2人が一緒になってなんで面白いかっていうと、やっぱりPuffyの作詞作曲者だから(笑)」

陽水がそう語れば、民生はこう返す。

「それだったらPuffyの次作に期待するんじゃない? Puffyとぼくらの決定的な違いは、歌唱力ですからね(笑)」

当時、彼らがプロデュースしたPuffyは「アジアの純真」「サーキットの娘」と立て続けに大ヒットを飛ばし、社会現象になっていた。その仕掛け人たちが、満を持して自ら表舞台に立つ。期待するなと言う方が無理な話だ。力の抜けたトークとは裏腹に、生み出されたアルバム『ショッピング』は、日本の音楽史に残る名盤だった。

始まりは「謎の手紙」と「邪心マンマン合宿」

そもそも、この二人の天才はどうやって出会ったのか。記事によれば、陽水がユニコーン時代の民生の歌声にビートルズを重ねて感動し、いきなり「歌詞をえんえん写して」手紙を送ったのが始まりらしい。民生が「わけがわかりませんよ、その手紙」と戸惑う姿が目に浮かぶようだ。

そんな不思議な交流から、二人は昨年の夏、箱根で曲作り合宿を行ったという。その目的がまた最高にクールだ。

「お互いに自分のソロをやらなきゃいけない時期で、いい曲があったらもらおうと」(民生)

「で、使わないのは外部から曲の発注があったときのストック。スタンバイOKにしておこうと」(陽水)

この”邪心マンマン”の合宿から、なんと6曲も名曲が生まれてしまったというのだから、才能とは恐ろしい。飲み屋のツマミで言う「時価」みたいなもんだ、と笑う民生の言葉に、痺れてしまう。

Puffyが焦った「アジアの純真」逆カバーという発明

アルバム『ショッピング』の中でも、特に僕らの度肝を抜いたのが「アジアの純真」のセルフカバーだった。いや、彼らに言わせれば「逆カバー」だ。

「Puffyがこの曲聴いてカバーしたんだなっていう感じにしようと」(陽水)

「こっちが本当はオリジナルだったのを、ちょっと高級な感じにしたのがPuffyっていう」(民生)

この冗談とも本気ともつかないスタンス。この曲を聴いたPuffyの二人が「聴いて焦りました。本当にカッコイイんですもん」とコメントしているのが、すべてを物語っている。

キョンキョンもPuffyも、みんなが夢中だった

記事には、Puffyの二人と、同じく陽水・民生から楽曲提供を受けた小泉今日子からのコメントも寄せられている。KYON2がこのユニットを「ドライブとか釣りとかいろんなところに連れてってくれる、彼氏みたいなアルバム」と表現しているのが、なんとも詩的で素敵だ。

大貫亜美が「お2人の声質がぜんぜん違うのに、いっしょに歌ってよくここまですごいものが出せるなって」と驚けば、吉村由美は「めちゃめちゃカッコイイですね」と絶賛する。誰もがこの二人の才能に酔いしれていた、あの時代の熱気が、この数ページの特集記事に凝縮されている。

あの頃、僕らはCDという名の円盤に夢を見ていた。プラスチックケースの僅かな重みに、未来への期待と、アーティストへの憧憬が詰まっていた。井上陽水奥田民生の『ショッピング』は、そんな90年代の空気そのものをパッケージした、タイムカプセルのような一枚だったのかもしれない。

あの頃の熱狂をもう一度、手元に。

CDコンポの前で、歌詞カードを広げながら何度もリピートしたあの曲たち。再生ボタンを押せば、一瞬で90年代にタイムスリップできる魔法のアイテムを、もう一度探してみませんか?

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まとめ

90年代は、才能と才能がぶつかり合って、とんでもない化学反応が次々と生まれていた時代でした。井上陽水と奥田民生のユニットは、その象徴だったように思います。ただの名盤という言葉では片付けられない、あの時代の空気、遊び心、そして圧倒的なカッコよさ。今、改めて彼らの音楽を聴くと、色褪せるどころか、むしろ輝きを増しているように感じます。皆さんの心に残る、90年代の「事件」は何ですか?

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